人に言えないことは、絶対にするな。正しさで勝つことを、この人生で証明する
レスリングで叩き込まれた誠実さ。営業の闇に絶望しても曲げなかった“正しさ”を武器に、ストレイトライドで成果と信頼を両立させる挑戦者のストーリー。
4歳から叩き込まれた「誠実さ」という名の生きる指針
4歳の頃から、僕の生活のすべてはレスリングを中心に回っていました。厳格だった父から叩き込まれたのは「人に言えないような後ろめたいことは、絶対にするな」という教えです。人の道を外れるような真似は特に厳しく咎められました。この経験が、幼い僕の心に深く鋭く刻まれたのだと思います。
嘘や誤魔化しが入り込む余地のない、レスリングのマットの上という聖域。そこでの勝敗だけが、自分を証明する唯一の手段でした。勝てば報われ、負ければ存在を否定されるような焦燥感。友達が遊んでいる間も、僕はただ、父に認められたい一心で、言い訳のきかない一対一の世界に身を投じていました。今思えば、あの頃の経験が僕の「誠実さ」に対する強迫観念に近いこだわりの原点だったのかもしれません。

全国2位からからの転落。中学で突きつけられた無力感
小学校の頃、僕は全国2位という栄光の中にいました。いつか自分もオリンピックの舞台へ行くと信じて疑わなかった。しかし、中学進学とともにその確信は崩れていきました。
身体の成長が周囲の学生たちに追い越されていきました。昨日まで勝てていた相手に負け続けてしまう恐怖。全国大会の1回戦で負けてしまう無力な自分。昨日と同じ自分のはずなのに、世界は一変していました。これほど残酷なことがあるのか、と当時は思いました。積み上げてきたものが砂のように崩れ落ちていく中で、僕は初めて「自分はこのまま終わるのではないか」という底知れない不安に襲われたのです。
それでも、レスリングを辞める選択肢は僕にはありませんでした。それはもはや、僕にとって呼吸と同じ、生活の一部だったからです。
熊本の、雨漏りするボロボロの寮で抑圧された怒りをエネルギーに変えて、這い上がる
高校進学の際、親に負担をかけたくない一心で、地元の神奈川を離れて熊本の強豪校を選びました。そこにあったのは、雨漏りし、屋根裏を小動物が走るような、凄惨なほどにボロボロの寮での生活でした。
1年生は先輩のお世話をすべて担当。朝早く起きて先輩の朝飯を作り、理不尽な上下関係に耐え忍ぶ日々。中でも、一人の先輩の存在が僕に火をつけました。「こいつだけは、練習で倒す」。 そう心に決めてマットに上がった。練習に上下関係などありません。マットの上が、正々堂々と抑圧された怒りをエネルギーに変えてぶつけられる唯一の場所でした。
その執念が実を結び、僕は再び県大会で優勝し、九州の頂点へと返り咲くことができました。
「お前の才能を、どぶに捨てるつもりか」
安泰を捨て、地獄のような練習が待つ「厳しい道」へ
大学進学を控えた頃、パンデミックが世界を止めました。神奈川に帰ることもできず、一人熊本の寮に取り残された僕に、ある先輩が強烈な説得を仕掛けてきたのです。
志望していた大学ではなく、地獄のような練習で知られる専修大学に来い、と。
「人生、頑張ったやつと頑張らなかったやつ、どっちが良くなると思う?」
僕の可能性を、僕以上に信じてくれる人の言葉。5時間に及ぶ説得の末、僕は安泰な道ではなく、あえて「きつい道」を選びました。今後の人生、長い目で見ればどちらが正しいのか。小さな「イエス」を積み重ねた先にあったのは、オリンピック金メダリストが指導する、さらに過酷な戦場でした。

挫折することすら許されなかった、空白の4年間
逃げ場のないマットの上で、後悔だけが胸に溜まっていく
大学での4年間は、まさに自分との戦いでした。全国3位という結果は出したものの、期待されていた頂点には届かない。負けるたびに、何かのせいにしたくなりました。
「怪我や病気が自分を襲ってくれれば、諦めがつくんじゃないか」
そう思ってしまうほど、僕は追い詰められていたのだと思います。
4歳から続けてきたレスリングが、自分の人生そのものであったからこそ、結果を出せない自分とどう折り合いを付ければいいのか分からなかった。最後の試合が終わった瞬間、胸に去来したのは達成感ではなく、激しい後悔でした。 「あの時、もっとやれたはずだ」。 その呪縛が、当時の僕を離してくれませんでした。
年功序列という、疲れた顔をした大人たちの列
安定という「不自由」を、僕はどうしても愛せなかった
就職活動が始まったのは、4年生の夏。周りが内定を勝ち取る中、僕はまだ自分の「居場所」を探していました。大手企業に勤める友人は「安定してていいぞ」と笑うけど、電車で見かける大人たちは、みんな顔が疲れているように見えました。
あんな風には絶対になりたくない。高校時代に苦しめられた「理不尽な上下関係」や「年功序列」の世界に、自分の安定を求めて飛び込むことなど、僕には到底無理でした。
実力だけで評価され、自分の市場価値を極限まで高められる場所。稼げることはもちろん、そこに自分自身の「納得感」があるかどうか。僕はベンチャー、そして不動産業界という荒波に絞り込みました。
1ヶ月で辞めた前職。そこで見たのは「営業の闇」
嘘をつくたびに、父の教えが僕を切り裂いた
新卒で入った一社目の不動産会社で、僕は「営業の闇」の一面を目の当たりにしました。そこは、アポを取るためなら嘘をついても構わない、強引に押し売りをしても結果がすべてという世界でした。これが営業という仕事なら、僕は一生やりたくない、と心から思いました。 父の教えである「人に言えないことはするな」に、あまりにも反していたからです。
僕はわずか1ヶ月で、その会社を辞めました。親にも言わず、ゴールデンウィーク明けに決断しました。正しいことをして、真っ当に稼ぎたい。その願いは、この業界では叶わないのかと、絶望に近い感情を抱いていました。

ストレイトライドという、嘘のない光との出会い
「正しさ」を武器に戦えると直感した瞬間
再就職の道を探す中で、僕はストレイトライドに出会いました。面接の瞬間、直感しました。ここは、今まで見てきたどの会社とも違う。未経験からでも成果を出している先輩たちが、何より「誠実」でした。会社全体が、不動産業界の「負」を解消しようと本気で動いている。
ここなら、過去のレスリング生活で培ってきた「諦めの悪さ」を、正しい方向に向けられるのではないか。他社の面接はすべてキャンセルしました。入社して8ヶ月、ここには理不尽な上下関係などありません。ただ、圧倒的な人間力と成果を、真っ直ぐに追い求める仲間がいるだけです。
不動産投資を、あたりまえに「誇れる社会」へ
不動産投資は、お客様にとって一生を左右する大きな決断です。一歩を踏み出せない方が多いのは、業界にまだまだ残る嘘や不誠実な行いが原因かもしれません。僕は、その不安を「出田なら信じられる」という確信に変えたい。 レスリングのスパーリングと同じです。向き合った瞬間に、相手の本気度は伝わります。
僕は、嘘をつきたくありません。お客様の未来に対して、誰よりも誠実でありたい。僕たちが成果を出すということは、この市場から不誠実な業者を排除することと同義だと思っています。不動産投資が「あたりまえ」に受け入れられ、誰もが豊かになれる社会。その先陣を切るのが、僕の役目なのだと考えています。

正しさが勝つことを、この人生で証明する
自分の可能性を信じる「挑戦者」を待っています
今、僕はかつての自分と同じように「自分の可能性を信じたいが、道が見えない」と苦しんでいる後輩たちに伝えたい。ストレイトライドは、その可能性を確信に変えてくれる場所です。毎日のパーパスの読み合わせは、僕たちが「正しい心」を持ち続けるための大切な道標だと思っています。
不条理な世界で、正義を貫いて勝つことは難しいのかもしれません。
しかし、ここでなら、それができるかもしれない。
不動産投資家の方々、そして共に戦う仲間たちへ。 僕は、絶対に裏切りません。この場所で、圧倒的な成果と誠実さを両立させ、正しさが最後に勝つことを、僕の人生をもって証明します。
